選ぶたびに、

活動する世界は広がっていった。


それでも、

自分を大きく見せる人にはならなかった。

大泉洋さんは、
「親しみのある人」として語られることが多い。

ユーモアがあり、
人を笑わせる。

でも、
その親しみは、
それだけでは説明できない。

その本質は、

30年の軌跡に現れていた。

大泉洋さんは、
「親しみのある人」として語られることが多い。

ユーモアがあり、
人を笑わせる。

でも、
その親しみは、
それだけでは説明できない。

その本質は、

30年の軌跡に現れていた。

心が動くものを、選ぶ

大学時代。

二浪して入った大学で、
年下の同級生と遊んでいるだけなのが嫌だった。

「何かやらなきゃな」

そこで、たまたま選んだのが演劇だった。

俳優になりたいからではない。

演劇をやってみたら、
面白かった。

テレビに出てみたら、
それも面白かった。

本人はその歩みを、

「楽しい、面白いと思うことばかりやってるうちに、いつの間にかこうなった」

と振り返っている。

人生の先に、
「俳優」という完成形を置いていたわけではない。

その時々で、

自分が動くものを選んできた。

今あるものを残して、広げる

その選び方は、
東京へ活動を広げた時にも現れている。

北海道で、
テレビ4本、ラジオ3本ほどの仕事を抱えていた。

それでも、
同じ生活を続けるうちに、
閉塞感を覚える。

そして、

「役者の仕事をちゃんとしたい」

と思うようになった。

だから東京へ行く。

ただし、
北海道を捨てたわけではない。

北海道の仕事は続ける。

そのうえで、
東京でも仕事をする。

どちらか一方を選び、
それまでの自分を捨てるのではない。

今あるものを残したまま、
面白いと思う方向へ、

自分の世界を広げていく。

形が変わっても、続くもの

だから、
大泉さんの経歴だけを見ると、
一つの肩書きでは捉えにくい。

俳優。

バラエティ。

舞台。

歌。

活動する場所も、
表現の方法も増えてきた。

本人も、

「僕というキャラクターが出ちゃうタイプの俳優」

だと語る。

一つの型へ自分を閉じ込めるより、
その時に面白いと思ったものへ動いていく。

形は、
何度も変わってきた。

けれど、
その奥には、

ずっと同じ方向がある。

見てもらうために、演じる

幼少期にも、同じものが現れている。

大泉さんは、
物心がついた頃から、

「人を笑わせたい」

と思っていたという。

友達だけではない。

子どもの頃は、
大人が笑ってくれることが嬉しかった。

モノマネをして、
みんなに笑ってもらう。

俳優として活動するようになっても、
その思いは続いている。

俳優という仕事について、
こう語っている。

「演じたいというよりは、
演じたものを誰かに見てほしい
という気持ちが強いです。」

さらに、

「作品は撮りますけど公開はされません」

と言われたなら、
お金をもらってもやらないという。

理由は、

「皆さんに見てもらって、
おもしろかったって言ってもらいたくて
俳優をしてる」

から。

表現の先には、誰かがいる

子どもの頃は、
モノマネだった。

今は、
映画やドラマになった。

テレビになり、
舞台になり、
歌にもなった。

外へ現れる形は、
大きく変わっている。

けれど、
選択が生まれる場所と、
その選択が向かう先は変わらない。

始まりには、
自分の「面白い」「楽しい」がある。

その先には、
いつも受け取る誰かがいる。

ここに、
大泉さんの仕事の特徴がある。

表現すること自体が、目的ではない。

表現の先に、受け取る人がいる。

だから、
「演じたい」だけでは終わらない。

見てもらいたい。
面白かったと言ってもらいたい。

自分の行為が、

誰かへ届くところまでを見ている。

選択を決める場所

けれど、
他者を見ていることと、

他者の評価によって
自分の選択を決めることは違う。

大泉さんは、
芸能生活30年を越えた現在、

「なんでお前みたいなやつが」

と言う人もいるだろうとしたうえで、

「そこはもういいかな」

と話す。

「一回しかない人生ですから、
誰に何と言われてもいいかな」

そして、

やりたいことがあれば、
臆せずやっていくという。

誰かに見てもらうことは、
大切にする。

誰かに喜んでもらうことも、
大切にする。

けれど、

誰かからどう評価されるかを、
自分の選択の基準にはしない。

大泉さんの視線は、
他者へ向いている。

それでも、
進む方向を決める場所は、
他者の中にはない。
選ぶたびに、人生が広がる

だから大泉さんは、

一つの肩書きに
自分を固定する必要がない。

「俳優だから」

「こう見られているから」

「この年齢だから」

という外側の像より、

今、自分は何を面白いと思うのか。

何をやりたいのか。

そして、
その先にいる人へ、
何を渡せるのか。

そこから次の選択が生まれる。

目指した完成形へ、
自分を近づけてきたのではない。

選ぶたびに、
人生の形そのものが広がってきた。
大きくなっても、遠くならない

大泉洋さんは、

「俳優になりたい」
「スターになりたい」
「こういう人間になりたい」と、

先に理想の自分を置き、
そこへ近づくように生きてきた人ではない。

その時々で、

自分が「面白い」「楽しい」と
心を動かされたものを選び、

その方向へ進んできた。

その選択の先には、
いつも誰かがいた。

笑ってほしい。

見てほしい。

面白かったと言ってほしい。

自分の心が動くものを選び、
それを誰かへ渡す。

その選択を30年重ね、
外側の「大泉洋」は、大きくなった。

それでも、
芸能生活30年を超え、
主演俳優になり、
活動する場所が広がっても、

本人の自己認識は、
「大物」や「スター」という像へ
膨らんでいかない。

「おそらくただのラッキー」

「いつの間にかこうなった」

「疲れてますねと言われる方が好き」

「愚痴って、ぼやいていたい」

外側の「大泉洋」が大きくなっても、
本人は自分自身を大きな存在として扱わない。

この等身大の自己認識が、
大泉洋さんと人との距離を遠ざけない。

見る側の前にいるのは、

手の届かないところに立つ
「大スター・大泉洋」ではなく、

今も、
「洋ちゃん」である。

つながる一篇


vol.51 あまりにも、人間

場を動かしていた人が、
歌の中では、
自分の感情に動かされていた。

なぜ、歌になると、
身体が先に素直になってしまうのか。