積み重ねてきたものを、

そのとき必要な形へ組み替える。


変わっていく、その動きの中に、

そのグループらしさがある。

Da-iCEさんは、
15年かけて、
「Da-iCEらしさ」をつくってきた。

けれど、
その「らしさ」は、
決まった形をしていない。

できることが増えるたびに、

それまでの形を少しずつ動かしていく。

できることを、全部は使わない

Da-iCEさんは、
花村想太さんと大野雄大さん、
二人のボーカルを中心に歌う。

そして、
三人のパフォーマーが踊る。

けれど、
パフォーマーの三人も歌える。

アルバム『TERMiNaL』では、
5人で歌う曲や、
ユニット曲が増えた。

和田颯さんは、
15年前の結成当時、
自分が歌っている姿を
想像していなかったという。

カラオケにも、
ほとんど行っていなかった。

今では、
ステージで歌う。

岩岡徹さんも、
歌う日が来るとは
思っていなかったと話している。

Da-iCEさんには、
5人で歌うという形も、
成立させることができる。

けれど、
できるからといって、
毎回5人で歌うわけではない。

花村さんと大野さんという
二人のボーカルを中心に置きながら、
楽曲や構成によって、
5人で歌う形も選ぶ。

だから、
5人で歌ったとき、
それまで見えていなかった力が現れる。

できることが増えることと、
できることをすべて前へ出すことは違う。

持っているものを、
すべて同じ強さで見せるのではなく、
どこで、
何を使うのかを選ぶ。

その選択によって、
Da-iCEさんの形は、

ひとつに固定されない。

新しい形には、理由がある

5人で歌うことも、
ユニット曲も、
ただ、
新しいことをするために
生まれたわけではない。

工藤大輝さんは、
ワンマンライブをつくる中で、
それまでの構成に
マンネリを感じていたという。

MCをする。
着替える。

その時間を、
ステージとしてどう成立させるのか。

ライブ全体を見たときに、
ユニットという形が
ひとつの選択肢になる。

ドームを見据えた
アリーナツアーでも、
同じように、
今までの形が見直されている。

これまでのダンススタイルを
そのまま広いステージへ持っていけば、
小さく見えてしまう。

年齢を重ねていく身体で、
これまでと同じ強度を
続けることだけが正解でもない。

だから、
どう見せるのか。

どこで踊るのか。
どこで歌うのか。
どこに強さを置くのか。

今の自分たちと、
今いる場所に合わせて、
持っているものの配置を変える。

Da-iCEさんの変化は、
以前の形を捨てて、
新しい形へ移ることではない。

持っているものを残したまま、

その使い方を変えている。

知られることで、出せるものが増える

変わっているのは、
パフォーマンスだけではない。

大野雄大さんは、
以前は、
ライブでふざけるとき、
「怒られるかな」
「どんな風に思われるのかな」
と考えていたという。

人を笑わせるとき、
相手が、
その人をどんな人間だと
知っているのかによって、
同じ行動でも、
受け取られ方は変わる。

Da-iCEさんを知る人が
まだ少なかった頃、
高い歌唱力やダンスと、
ステージで思いきりふざける姿が、
どちらもDa-iCEさんらしさであることは、
まだ広く知られていなかった。

けれど、
レコード大賞や紅白を経て、
Da-iCEさんを知る人が増えた。

本気でライブをする。

その一方で、
思いきりふざける。

その両方が、
Da-iCEさんらしさとして
知られるようになった。

だから、
大野さん自身も、
以前より素直に楽しめるようになった。

知られることによって、
「Da-iCEとはこういうものだ」と
ひとつのイメージに固定されたのではない。

共有されるDa-iCE像が増えたことで、
その中で出せるものが増えている。

輪郭が見えるほど、

その内側で動ける範囲が広がっている。

評価と、現在地を分ける

Da-iCEさんは今、
外から見える姿と、
自分たちが認識している現在地にも、
少し距離がある。

初のドーム公演が決まったあと、
周囲のアーティストから、
「まだやっていなかったんだっけ?」
と言われたという。

ヒット曲が生まれた。
レコード大賞を受賞した。
紅白にも出場した。

外から見れば、
すでにドームへ立っていても
不思議ではないところまで
来ているように見える。

けれど、
本人たちは、
ライブの応募総数や
ファンクラブの人数を知っている。

だからこそ、
ドームを遠いと感じていた時期があった。

そして、
開催が決まった今も、
喜びだけではなく、
「挑戦」という認識がある。

外から与えられる評価ではなく、
自分たちが実際に何ができているのか。

何がまだ足りないのか。

そこから、
自分たちの現在地を見ている。

だから、
ひとつの結果が出ても、
その場所で完成しない。

次の場所に合わせて、

また形を動かすことができる。

Da-iCEする

15年続けば、
グループには、
「らしさ」ができる。

誰が歌うのか。
どう踊るのか。
どんなライブをするのか。
何を見せるのか。

積み重ねるほど、
その輪郭は強くなる。

Da-iCEさんにも、
確かな輪郭がある。

けれど、
その輪郭を、
ひとつの形として固定していない。

二人のボーカルを中心にしながら、
5人でも歌う。

ダンスを強みにしながら、
広いステージでは、
その見せ方を変える。

本気でパフォーマンスをしながら、
その中で思いきりふざける。

できることが増えても、
そのすべてを、
同じように前へ出すわけではない。

今の自分たちには、
何が必要なのか。

今いる場所では、
どう組み合わせるのか。

持っているものを見ながら、
その形を変えていく。

それでも、
「Da-iCE」ではなくならない。

むしろ、
変えながら、
「Da-iCE」になっていく。

和田さんは、
「何が起こるか分からないグループ」
と語った。

それは、
ただ、
新しいことを続けているからではない。

持っているものを見ながら、
そのとき必要な形へ組み替えていく。

その動きそのものが、

「Da-iCEする」という概念である。

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