Essay 05
誠実であることは、
しばしば分かりやすさと結びつけられる。

正直に話すこと。
気持ちを言葉にすること。
態度を明確に示すこと。

それらは、
誠実さの証のように扱われやすい。

けれど、
誠実さがいつも
明るく、率直で、
理解しやすい形を取るとは限らない。

むしろ、
分かりにくさの中に
誠実さが潜んでいる場面もある。

言わないという判断。
踏み込まないという選択。
距離を保ったまま、
関係を続けるという態度。

それらは、
無関心や冷淡さとして
誤解されることがある。

けれど、
そこにあるのは
相手を雑に扱わないための
慎重さかもしれない。

分かりやすく説明すれば、
相手を安心させられる。
はっきり言えば、
関係は一時的に
整ったように見える。

それでも、
その言葉が
相手の輪郭を
削ってしまうと感じたとき、
誠実であるために
あえて語らないことがある。

誠実さは、
相手に伝わることを
最優先にはしない。

まず、
自分が見てしまった構造や、
感じ取ってしまった違和感を、
なかったことにしない。

そのうえで、
今、何をしないかを
選び取る。

誠実さは、
正しさを共有することでも、
理解を一致させることでもない。

関係の中で、
力を持ちすぎないこと。
相手を
自分の解釈の中に
閉じ込めないこと。

そのために、
誤解される余地を
引き受けることもある。

誠実であることは、
好かれることと
同義ではない。

ときに、
不親切に見え、
距離があるように映り、
分かりづらい人だと
思われる。

それでも、
その分かりにくさの中に、
相手の自由を
残しておく。

誠実さとは、
相手に
分かってもらうことではなく、
相手を
軽く扱わないための
姿勢なのだと思う。

分かりやすさを
差し出さない代わりに、
関係を
乱暴に終わらせない。

それは、
目立たないが、
確かな誠実さの形だ。



———

Raffiné

内側の構造を見つめる、
思考の記録。

Made on
Tilda